石井和義【Give Up】

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昨年の11月に確定した実刑だが、石井和義氏の収監が
迫っているという
記事にもある通り、1年10ヶ月の実刑判決


表舞台から姿を消して久しい

1975年(昭和50年)22歳で極真会館芦原道場大阪支部設立
以後、関西圏の支部拡大に尽力
関西地区総責任者

1980年(昭和55年)新日本空手道連盟正道館
1981年(昭和56年)正道会館総本部設立(改称:正道会館)
1980年代後半にはフルコンタクト空手会の常勝軍団として話題に
1987年に創刊された格闘技通信
1988年新生UWF旗揚げ
プロレスから格闘技への時流の変化がはじまる
1991年新生UWF崩壊
1991年RINGS旗揚げ
ここに正道会館勢が参戦
1993年第1回K-1GP開催



2003年
石井和義氏が脱税容疑で逮捕
K-1の興行会社ケイ・ワンは、昨年12月に法人所得を隠していた疑いで在宅起訴されていたが、石井は「マイク・タイソンとの契約失敗で違約金が発生した」と主張して一部の課税を逃れていた

石井のほか、石井の顧問税理士・寺窪鑽史と「インターメディア」という架空会社の社長とされた佐藤猛も共謀したとして逮捕。ケイ・ワンは、2000年9月までの2年間で所得約5億3500万円を隠し、法人税約1億7700万円を免れた疑い

週刊現代は、K-1の "ゴヒイキ" 藤原紀香が石井から月300万円を受け取っていたとして地検から事情聴取されたと掲載
(事実関係は不明)
藤原は、バーニングプロダクションの直系サムデイに所属

かつてはバーニング一家とされた旧ライジングプロダクションの元社長・平哲夫は、タイソンの違約金とされた額に匹敵する12億円近い脱税で懲役4年を求刑された



GANBARE NAGANO
がんばれ新生農場
遺品供養 、お墓参り代行 遺品処理



折口雅博
自らスポンサーを募り、借金をしてまで総合プロデュースした「ジュリアナ東京」は、予想を超える快進撃
初期投資15億円に対し、初年度の売上高は20億円強と大成功

しかし、2年目にジュリアナの経営から離脱
理由は、利権争いとされる
残ったのは、4000万円の借金と、「ジュリアナ東京を立ち上げた男」という実績

それ以来、苦しい2年半

再びプロデュースした六本木の大型ディスコ「ヴェルファーレ」
これが大成功
しかし、ここでも会社から去らなければならない

前回とは違い、次のビジネスを模索
1995年2月、マンションの1室で5人からスタートし、1400億円の年商を挙げるまでに成長したグッドウィルがスタートする

人材派遣業、規制緩和が進み、大手企業が参入していない

3つの「売り」を考えた
「好きな時に仕事ができる」
「その日に現金で報酬が得られる」
「いつも違った仕事ができるので飽きない」

設立2年目にして、グッドウィルは売上高40億円超
4年5カ月という当時の最短記録で株式を公開

1997年からコムスンを実質的に買収して介護事業に参入

ジュリアナといえばバブルの象徴的な現象
狂喜乱舞する様は、札束の舞った時代をよく表している

そして、バブル崩壊以前から興した人材派遣業
ITバブルも含めて時代を読む力は間違いなくあった経営
者なのではないかと思う
しかし、ITバブルに踊った経営者に多い、社会通年の欠落
努力したものには正当な評価を
格差社会の根底に流れる一つの運不運を自ら体現してきた
ような人だな

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折口包囲網【I Will Survive】2007-06-15


国会への証人喚問要求
それとは別に
「地検はすでに情報収集を始めていますよ。自治体への不正請求ではなく別の筋を考えているはずです。折口会長は派手なM&Aを繰り返し、グループを拡大、田園調布の豪邸に住み、ロールスロイスを乗り回している。証取法違反や脱税など切り口はたくさんあるのでしょう」

一つことがあると痛くもない腹を探られてしまう。
一事が万事で括られてしまう

介護事業費の水増し、不正請求
グッドウィルの企業への風当たりだけでなく折口雅博という人間、個人に対しての非難へ移っていく

辰吉丈一郎【SUMMER TIME LOVE】2007-06-07


「あくまで世界戦をやるレベルのスパーを見せてもらわないことには。(そのレベルには)全然」

久しぶりの現場仕事、2週間前半終了
体は、、、、、
私36歳、体力の衰え、これも日頃の怠惰の証
膝は痛いし、足はパンパン

そんな僕の話は余計なのだが、辰吉丈一郎選手
37歳の彼の消えないファイターの炎に敬服

タイ合宿を終え、国内でスパーリング2度目
冒頭は、そのスパを観た大阪帝拳ジムの吉井寛会長のコメント

彼には同世代の人間として、励まされる
体動かさなくては、、、日頃から

武田幸三【I Don't Wanna Stop】2007-05-20


新日本キックボクシング協会
BRAVE HEARTS 5
2007年5月20日(日) 後楽園ホール

メインイベント 71kg契約 3分3R
武田幸三(治政館)
サンムック・シッパポン(タイ)

辰吉丈一郎【Game Of Death】 2007-05-13


辰吉壮絶!スパー漬け80ラウンド

タイ・バンコクで現役続行のためのトレーニングを行っている、元WBC世界バンタム級王者の辰吉丈一郎(36)=大阪帝拳=が12日、現地でのトレーニングを打ち上げた。

定年の37歳間近
ひたすらに現役続行にこだわり続ける

1989年9月 プロデビュー
1990年9月 日本タイトル獲得
1991年9月 8戦目で世界初挑戦
グレグ・リチャードソンを10回終了TKO
WBC世界バンタム級王座獲得

1991年12月 李勇勲(韓国)前のトレーニング中
左眼網膜裂孔が判明し、長期間の休養

1992年9月 ●ビクトル・ラバナレス 9回TKOに 王座陥落
1993年7月 再戦 12回判定勝ち
しかし9月には網膜剥離が発覚


ここからが彼の紆余曲折
ボクシング人生が続く



1994年7月 復帰戦(ハワイ)3回KO勝ち

WBCから返上していた暫定王座

1994年12月 WBC世界バンタム級正規王者薬師寺保栄との統一戦
大物日本人対決が話題に
彼の試合後のインタビューでの潔い勝者薬師寺への賛辞は
今でもおぼえている
この辺りが、亀田チャンピオンとは違う可愛らしさなのでは

しかし
1996年3月
1997年4月
WBCスーパーバンタム級王者ダニエル・サラゴサに挑戦
二度の挑戦も失敗

1997年11月 通算5度目の世界戦
階級を元のバンタム級に戻しての挑戦
WBC世界バンタム級
シリモンコン・ナコントンパークビュー
7回TKO勝ち

約3年ぶりの世界王座

1998年3月 初防衛 対ホセ・ラファエル・ソーサ
1998年8月 2度目の防衛 対ポーリー・アヤラ

1998年12 3度目の防衛戦 対ウィラポン・ナコンルアンプロモーション
6回KO負け

1999年8月 再戦 7回TKO負け
試合後引退を表明

2002年12月 3年4ヶ月ぶりの復帰
2003年9月 復帰第2戦 10回判定勝ち

しかし、ここからが長いブランクに入る

岡見勇信【I Want You Back 】2007-05-11


Zuffa
Ultimate Fighting Championship 72: VICTORY
2007年6月16日(土) イギリス

メインイベント ミドル級 5分3R
リッチ・フランクリン(アメリカ/チーム・エクストリーム)
岡見勇信(日本/和術慧舟會東京本部)

4月のUFC 69でマイク・スウィックに判定勝ちしUFC 4連勝
7/7のUFC 73でミドル級王者・アンデウソン・シウバがネイサン・マーコートを相手に防衛戦を行うが、岡見×フランクリンの勝者が次期挑戦者となる可能性は高い。岡見はUFC初メイン



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がんばれ新生農場
遺品供養 、整理 遺品処理



総合格闘家 岡見勇信 BLOG

(おかみ ゆうしん)
生年月日 1981年7月21日
総合格闘家
出身地 神奈川県
身長187cm 体重82kg
和術慧舟會東京本部所属

戦績

桜庭×田村は【DANS LA CAGE】2007-05-03


PRIDEの人ってなんでそんなにこだわるのか?

kamipro 110号
K-1イベントプロデューサー谷川貞治氏のインタビュー
上の台詞は、桜庭VS田村戦についての言葉

谷川氏とすれば既にこのカード自体、旬ではないという
考え方、旬と言うより賞味期限というべきか、、、

確かに
桜庭選手は、PRIDEにとって特別な存在であることは、
間違いない。
最強路線になってからの桜庭選手は、PRIDE、HERO'Sに
移っても特別な世界観が魅力だった彼も、今ひとつに
なってしまったのは間違いない

桜庭選手の魅力って?っていう時に、記憶を呼び戻す、
作業の中で田村潔司は一つのキーワードかも知れない

私見だけれども
谷川氏自身、PRIDEには直接関わって期間は、決して
短くない
PRIDE=桜庭期と共に歩んできた

その彼が、?なのだから、それもそうかなぁと思う



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当人、田村潔司インタビュー

世界最強を決める舞台と同時に物語性を兼ね備えたのが
PRIDEの一つの魅力
それだから田村潔司もいる

アメリカ人的総合格闘技になってしまったら
UFC的価値観の総合格闘技

俺はもう必要なくなるよ(田村)

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不覚 or 弱点【Girlfriend】2007-04-23


萎えまくる
PRIDEショックから、今回のミルコ敗戦までの流れ
とにかく、落ち込みっぱなしだ
完全にイ○ポ状態である

2004年4月のランデルマン戦以前
2003年11月9日、東京ドームで行われた
PRIDE ヘビー級暫定王者決定戦
VSアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ

この辺りまでの彼のファイトスタイルから考えると
最近の彼のファイトスタイルの変化は、総合に適応した
証なのか、それともアグレッシブさが欠けているように
思える

左ハイの布石となるミドルをガンガン打ち込んでいく
そして打撃に徹底していくスタイル
結果はノゲイラに一本負けしたものの、この時点での
彼の魅力は存分に発揮され、その上でのノゲイラの勝利に
会場は爆発した

今回のUFC70でのガブリエル・ナパオン・ゴンザガ戦

例えば、エメリヤエンコ・アレキサンダー戦(2004.08.15)
と比較してどうだろう

これは先のランデルマン戦とは比較できない大きな黒星
単なるラッキーパンチではなく完全なるKO

一体どうしたんだぁ



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リアル一言さんのBLOGに
ミルコ選手の最新のコメントが記事にされています

気になるコメント
今回も立ち直ります。
契約通りあと4試合やって終わりにします。

気になる右足は大きな怪我には至らなかった模様

あぁミルコぉ【マンチェスターの悲劇】2007-04-22


ミルコKO負け
ミルコのチャンピオンシップ前哨戦というような
位置づけで行われたこの一戦
ミルコはポーカーフェイスに通過していくはずの
一戦

序盤、様子見で距離を取るミルコ
開始1分30秒前後で左ミドルをキャッチされグラウンド
ガードの状態でUFCならではの、肘打ち出血

ブレイク後、ゴンザガの右のハイがクリーンヒット
右足を大きく捻りながら仰け反るようにダウン

試合後にはオクタゴン内でインタビューを受ける
が、あの状態なら足首だけではなく膝まで負傷したの
ではないかと、、、、、

目の前に流れる映像はまぎれもない事実
マンチェスターの悲劇

油断、慢心か?
それとも、、、、、

第10試合 メインイベント ヘビー級 5分3R
×ミルコ・クロコップ(クロアチア/チーム・クロコップ)
○ガブリエル・ナパオン・ゴンザガ(ブラジル)
1R 4'51" KO (右ハイキック)

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このページは、管理者が2007年6月11日 15:13に書いたブログ記事です。

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