そう、あれは2001年頃だったか? それはある飲み会の席での出来事。格闘技の話題になって
「この間、キックボクサーの人に会いました。」
隣の女の子がそう言った。
あるパーティーか何かの席で偶然同席したらしく、名前も思い出せないその子に
「○○かな、、△△かな、、、□□か?武田幸三かな?」
「そうです、武田さんです」
ファイティングTVサムライ視聴者だった僕は、彼の強さや、K-1とキック界の現状等々熱く語ってしまった。
それでも、その子も女の子にしては珍しく真剣に聴いてくれるので、
「魔裟斗選手は名が知られているだけで、彼と戦えば間違いなく武田幸三選手が勝つはずだ。世間的に有名なことと実力は違うんだ!」
ついつい、そんなことも口にしてしまっていたと思う。
2000年、既にラジャのタイトルを奪取していた頃の話。
この記事を観て、そんな忘れていた記憶が甦った。
僕にとっても何となく青春時代の思い出のようで懐かしい気持ちになる。
その後、武田幸三が本当にK-1 MAXのリングに上がるとは思ってもいなかった頃の話。
僕のプロフィールにも超合筋と一発変換できる日をGOALにそして、この拙いサイトなるものを作って応援してきた。
その8年程前の飲み会も東京出張の際に、高校時代の同級生にたまたま誘われただけだし、熱く語ってしまった相手の子も、それっきりなので、今どうしているかもわからないんだけど、このニュースをどこかで見ただろうかなんて、40前の親父が感傷に浸ったりするニュースだ。
僕自身の人生も色々あったし、彼の格闘家としての人生も決して良いことばかりではなかったと思う。
魔裟斗選手との対戦は2003年のこと、結果は僕の放言になってしまったけど、2001年当時で考えれば、僕の予想は間違っていなかったのではないかと今でも思う。超合筋のファイトは、それ以降も必ずチェックしてきた。
特に印象的なのは2003年、WORLD MAX日本代表決定戦以降、K-1でのリングでのパンチ、コンビネーションの必要性からなのかボクシングトレーニングをはじめて逆にバランスが崩れ、スランプに陥ってしまった時期、それだけが原因ではないだろうが、休養期間もあった年。その年の9月のポール・リー戦は切な過ぎた。
皮肉にも魔裟斗選手は世界制覇したのだ。それが2003年。
それ以降は、僕と地元も年齢も近いことから、感情移入し過ぎて、特にフィジカル面は心配、同情的な立場で試合を観ていた気がする。
10月26日、ついに彼が引退する。
最後の試合だけは、心配などせず、思い切り応援したいなぁと思っている。
そうそう、忘れずに超合筋Tシャツを着て。

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